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プロフィール
HN:
庵田
性別:
男性
職業:
無給NPO理事
趣味:
都市散策、調査研究、写真撮影、マンガ熟読
自己紹介:
高学歴ワーキングプア。生活の糧をどうすべきか毎日模索中。
共著でいくら本を増やしても、それは研究者としての実績にならないそうです。数年前から同じ事言ってますが、雇ってくれるところをただ探すのみです、はい。
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『北九州の近代化遺産』&『福岡の近代化遺産』編纂事務局がお贈りする、出版散々回顧録・出版社非公認ブログです。とりあえず、今後の出版企画情報を逐次報告します。
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b-najimagawa-s.JPG西鉄といえば、九州唯一の大手私鉄会社としてある程度の知名度を得ていますが、その代表的路線である天神大牟田線と比較すると、こちら貝塚線はいささかのどかな雰囲気を留めています。
そんな中で、かつての鉄道の重要性を伝える施設がこの橋梁。昔祖父がこのあたりで川遊びをしたと聞いていますが、平成の現在、私はJRの橋梁下でこんな写真を撮っていたりしています。
この写真、朝日新聞にこちらの遺産が紹介された際、「同じようなアングルで」と出版社の編集長に懇願され、さんざん困ったあげくアングルを見つけて撮った一枚です。電車が来るまで、おおかた20分近く待ったでしょうか。まだかまだか、と他のところを撮る都合で時間配分を考えながら、いらいらしたことを覚えています。
真上をJRの特急が通過する瞬間は、いささか冷や冷やものです。同じ体験がしたい方、別途ご連絡ください。場所お知らせします。
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P6171117-s.JPG最も位置づけに困るところにある施設です。朝倉郡に所属しているので、いわゆる「筑豊」ではない、でも福岡都市圏と言うには、少々離れすぎている。行政区分などでは、概ね「福岡地域」に位置づけられているので、こちらで載せておきたいが、施設は炭鉱施設でどう考えても筑豊の範囲内。掲載見送りも考えていたのですが、まあ、載せられるときに載せておこうと言うことで今回掲載の運びとなりました。
宝珠山炭鉱は昨今ブームの伊藤伝右衛門が運営した炭鉱です。この施設はかつてその伊藤邸の敷地内にあったものを宝珠山まで移設、倶楽部建築として使用されていたとのこと。炭鉱には、技術交流や営業などの関係で来客が多く(炭鉱自体がひとつの町と言うべき連帯感を持っていたようですし)、そういった方々をもてなし、宿泊させるためにあった施設でした。現在では工場の周辺にビジネスホテルがあり、この倶楽部機能を補っていますが、どちらが人的交流に役立っているか、まあ、考えるまでもないでしょう。世の中が人に対して冷淡になっているのでしょうか。
IMG_0364-s.JPG有名すぎる施設となると、どうしても、ひとひねりした写真を載せてしまうのが私の悪いところで、、、まあ、そんなこんなで志免の竪坑櫓です。
余り有名なので、当初から保存が決まっていたと考えるのは、素人の視点(若干分かっている人は、福岡県の近代化遺産報告書と『九州遺産』をご覧下さい)。実は、他の施設より数段保存が難しかった施設だったのです。町議会では解体派が大多数。学芸員が一人保存に向けて戦い始め、町議会議員や一般市民、私あたりまでも巻き込み地域で一大論争を巻き起こしました。
結果遺った施設です。政治的圧力にも、地域の「負の意識」にも負けず、現在もなお、その雄々しき姿を保っていることには、一抹の感慨を禁じ得ません。曾祖父をこの竪坑の入り口付近で喪った私としては、その保存に関して、限りない援助を惜しまないつもりです。学芸員さんがこの事実を知らなかったとしても、私は絶対にこの施設を守っていきたいと思います。
hakata-tourou-s.JPG商都博多を伝える遺産というものをなるべく多く紹介したいのですが、昨日の話で挙げたとおり、実際紹介できるものが限られてしまいます。その限られた遺産の中で、更に取材拒否や権利関係が複雑なもの(料亭とか、あの百貨店とか)を除いていくことで、何とも複雑な施設ばかりを紹介することになりました。
そんななかでこの施設は、非常に面白いもののひとつです。灯籠を構成している石材、そのひとつひとつの面に当時隆盛を誇っていた企業の広告が記載されています。どこかの論文にこれに関するちゃんとした研究がないものかと調べてみたものの、どうも無いようで、散々困ったあげく自分自身でどのような広告があるのか一枚ずつ調べることになりました。他の執筆者には「細かいデータをいちいち挙げて貰うと面白くないので、ざっくり削って」と支持する私ではありますが、いざ自分自身で調べてみると、どうしても載せたくなってしまいます(笑)。これはいかん、絶対にデータを中心にしないように、と自分自身に言い聞かせながら文章をまとめたのが、本に掲載してあるものです。
これは論文ものだ! と言いながら調べてみたものの、現在までほったらかしにしているデータは、いずれ日の目を当ててやりたいと思っています。が、はてさて、いつのことになるやら、、。
nibishi-old-s.JPGまたどえらくいい加減な写真で誠に申し訳ありませんが、、、
今でこそJR古賀駅前に当たり前のようにある工場ですが、この建物は、当時の最先端技術に基づいて建てられた、初期コンクリート造工場建築なのです。私が自信を持って推薦する、今回の出版企画の中でもキラーコンテンツに位置づけられた作品です。
この建物は、北九州で製鐵所関連の下請け業務をやっていた地域資本末松家の出資と木原秀三という異才によってできました。詳しくは、いつもの通り書籍の中でご確認下さい。
こちらの建物が古そうだというある程度の確証及びこれまでの出版企画の中で一番歓待を受けた取材については、一事が万事『北九州の近代化遺産』で執筆した末松商店で繋がった縁が無くてはなし得なかったものです。
この企画が北九州の延長で作られたものであることを表す、やはり代表的なものといえるでしょう。
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