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プロフィール
HN:
庵田
性別:
男性
職業:
無給NPO理事
趣味:
都市散策、調査研究、写真撮影、マンガ熟読
自己紹介:
高学歴ワーキングプア。生活の糧をどうすべきか毎日模索中。
共著でいくら本を増やしても、それは研究者としての実績にならないそうです。数年前から同じ事言ってますが、雇ってくれるところをただ探すのみです、はい。
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書籍紹介
『北九州の近代化遺産』&『福岡の近代化遺産』編纂事務局がお贈りする、出版散々回顧録・出版社非公認ブログです。とりあえず、今後の出版企画情報を逐次報告します。
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qu-te-doro2-s.JPGひとまず、九大工学部関連の建物紹介はこちらの紹介で中断します。
他にも紹介すべき(紹介したい、と言うレベルではなく、質量共に豊富すぎ)遺産があるのですが、まあ、余り沢山すぎると食傷してしまいますので、、、。
こちらの作品、非常にコンパクト、またすっきりとしたデザインを特徴としております。構造から用途が判断しづらいですが、ほぼ一貫して実験施設として使用されていたようです。
例によってこちらの建物も現在は使用されておりません。写真では使用されていた頃のものを掲載しています。まあ、現在も殆ど変わりません。それが良いのか、悪いのか、、。
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qu-te-zousen-s.JPG通常は、遺産紹介の後は数回何か他の特集を行うのですが、九大工学部関連は作品も多いので、もういくつか採り上げたいと思います。
こちら、表通りに面していない施設なので、もしかしたら九大に通っていた人間でも知らない方はいるかも、という建物です。造船学教室に附属した実験棟として建てられ、近年までなんだかんだと言いながら使用されてきました。工学部の全面移転に伴い、現用途についてはっきりしていません。もちろん、取り壊しの可能性もあります。
赤煉瓦ネットワークが発行している赤煉瓦番付では、「九州大学造船学教室」が番付に記入されていますが、これがこちらの建物を示すかどうかについてははっきりしていません。造船学教室も、壮麗な赤煉瓦建築として建てられましたが、昭和50年代に早々と解体され、現存していません。しかし、こちらはあくまで実験室。さて、、M先生、どうなってるんですかね?
qu-te-honkan-s.JPG何はともあれ、この建物を紹介しないことには九大の遺産を語ることが出来ない、と言うくらい目立っている建物。ボリューム的にも福岡市に現在する近代化遺産群のなかでもトップクラスの規模を誇ります。大振りだからと言って、単調な仕上がりには陥らず、細部の意匠にもなかなかのこだわりを見せており、私が大学に通う際には必ず近くを通るようにしている施設のひとつです。お約束ですが、詳細は本でお楽しみを。
もうひとつ、北九州市民にとってのお約束なので、一度は言っておきますが、門司区役所ではありません。
ここで掲載している写真は「車が写りすぎ」という出版社のつっこみによりボツになった作品です。気候条件は最高なんですけど、、、。
seinan-s.JPG福岡の近代化遺産を企画する際、絶対に外せない物件というものがいくつかあります。既に紹介させていただいた県公会堂迎賓館もそうですし、この後で紹介する九州大学関連の建築群、志免鉱業所の竪坑櫓についても言えることでしょう。そして、こちらの作品も、いざとなれば私が書かなければならない(泥被りする人間が私しかいない、、、)物件と考えていました。
書籍での仕上がり写真では、改装後の写真を使用させていただきましたが、こちらでは改装前のものでお楽しみ下さい。
こうやってみると、結構傷んでいたみたいですね、、、改装によって色々と新事実も分かり、面白い文章を紹介できたと編集側も満足しています(執筆者が一番偉いです)。ヴォーリズ建築としての価値以外の特質を文章内では採り上げています。この内容については、是非とも書籍をお手にとってご確認下さい(お約束の引き延ばし)。
9fe404cd.JPGいかにも学校建築という建物の一角に、門だけが突っ立っているというとても不思議な外観です。この物件、案内板があるのでだれでも(日本語読めれば)その由来が分かる施設なので、この近くを通りかかった人、まちあるきが好きな人ならばご存じの方も多いかも知れません。元々は現在中央区南公園にある動植物園がここにあったのだ、と言っても戦前の話なので知っている人も少ないでしょうが、それを物語る数少ない遺構のひとつです。
戦後この門は新制福岡中学校の正門に転用、のち馬出小学校の敷地の一部となり現在に至っています。マンションが林立する住宅街の中で、用途不明の門が出ている様は、異様な姿と言えます。これも地域が歩んだ歴史の残り香といえるでしょう。
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