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プロフィール
HN:
庵田
性別:
男性
職業:
無給NPO理事
趣味:
都市散策、調査研究、写真撮影、マンガ熟読
自己紹介:
高学歴ワーキングプア。生活の糧をどうすべきか毎日模索中。
共著でいくら本を増やしても、それは研究者としての実績にならないそうです。数年前から同じ事言ってますが、雇ってくれるところをただ探すのみです、はい。
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『北九州の近代化遺産』&『福岡の近代化遺産』編纂事務局がお贈りする、出版散々回顧録・出版社非公認ブログです。とりあえず、今後の出版企画情報を逐次報告します。
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IMG_9736-m.JPG年内最後の遺産紹介で川。しかも江戸後期に竣工した物件と言うことで、人によっては近代化遺産の範疇から外れると文句を言われてしまう物件というのはいかがなものか、と個人的には考えることもありますが、こちらの遺産も2月に行われるシンポジウム含め、来年動きがあるものですので、しっかり紹介しておきたいと思います。
運河の掘削経緯については北九州市西部の人間であれば、だいたいご存じのことかと思います。当初治水・新田開発目的で掘削されましたが、石炭輸送で近代に入り活況を呈した運河です。
現在は水も少ししか流れず、かつての運搬船も通らないのですが、写真のように一部に水を溜めることによって往時の雰囲気を出すことは出来ます。来年こちらの水運再現が一日限定でまた行われるという話も伺っています。河川の利用が見直されている中で、この河川が再び脚光を浴びる日もそう遠い話ではないのかな、と思えてなりません。
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P5306357-m.JPGそういえば、こちらで紹介していない建物のようで、大変失礼いたしました。正月も近づいていますので、初詣の勧誘も兼ねて(笑)、神社の紹介をしておきましょう。
こちらの神社の一番面白いところは、八幡製鐵所が作った企業建立の神社で、かつ現在も多くの参拝客を迎える一線級の初詣神社であることです。
かつては福岡県内、筑豊や大牟田などには一企業毎に必ずひとつの大きな神社を抱え、多くの企業人が参拝しておりましたが、現在はそれら多くは廃頽してしまっています。こちら高見神社は建物の造りも面白いのですが、そのたたずまいを現在でも朽ちることなく保ち続ける、地域の守り神として成長することが出来た、数少ない企業建立系寺社建築であると言えるでしょう。ここあたりは世界遺産の審査委員にもっとアピールしても良かったのでは、と個人的には考えています。今後の整備計画で言及がなされるでしょうか。

cf332352.jpeg前首相邸といった方が通りがよいかも知れません。まあ、それはそれとして。
筑豊炭田に数ある住宅群の中で、見学の難易度が極めて高い住宅(現在でも個人宅なのだから、仕方ないと言えば仕方ない)であり、しかしながら近年の伊藤伝右衛門邸ブームなどに伴って、お庭を見る機会はある、かと思います。
私がまだ建物内部を見ていない主要炭鉱主建築のひとつでもあります(ここの他に、麻生一族系の住宅が数棟、それと貝島嘉蔵邸)。なんとか炭鉱関連の研究会で見学が出来ればなあ、と思うのですが、、、、。
近くて遠い、筑豊の至宝のひとつです。

IMG_3473-m-m.JPG普段使用されている状態では見ることの出来ない煉瓦構造物。なにせ、供用時は水の中に入り込んでいる物体ですから、こちらのように貯水池自体が廃止されて水が抜かれない限りは、煉瓦の偉容を望むことが出来ません。現在は親水公園となっていますので、誰でもいつでも見学することが出来ます。
元々は明治44年に完成した、北九州五市の中で一番最初に出来た上水道の給水設備の一翼を担っていたもので、ほぼ隣接する形で浄水場も残されているところがポイントです。改修のやり方によっては水道資料館にもすぐ出来るのですが、、、北九州市にも福岡市にもそういった顕彰施設がないことは、都市の近代化を後世に伝えるという意味で(若い世代に地域愛を育むという意味でも)もったいないと言うほかありません。この市の姿勢、どうにか出来ないものでしょうか?
今確かめてみたのですが、本で掲載したものよりもこちらの方がよい写真かもしれませんね(汗顔)、、、いやはや。まあここら辺はご勘弁下さい。
IMG_0480-m-m.JPG炭坑節に歌われた二本煙突、、、という表現をすると関東の方からは「大牟田の三池炭鉱がモデルじゃないのか」という指摘を受けますが、発祥は絶対にこちらです。三橋美智也の曲が売れすぎてしまったところがこの問題に関する一番の悲劇と言えるでしょうが、年代が下れば下るほど、炭坑節=大牟田派が増えてくるのも事実(夏祭りであの曲がかけられる毎に、どんどん歴史が上書きされていくのです、、、やはりこれは、悲劇です)であるようで、ここで地元の人間として一応フォローはしておきたいと思います。炭坑節は、こちらが発祥なんです!!
、、、で、この項目終了させると苦情が県南方面から出かねないので、大牟田側のフォローはせず(笑)、遺産の説明をば。
世界遺産の候補に挙げられ掛かるも、惜しくも外されてしまった(しかもそれがまだ全国区にはあまり紹介されていない)、残念な遺産ですが、それもこれもこの広大な広場に炭鉱設備が遺されなかったことが一番の問題であったようです。歴史的フォローが、、、とか、世界遺産全体のコンセプトにそぐわない、、、とか後付の理由が踊っておりますが、とにもかくにも、専門委員全員を納得させるための見た目のインパクトに欠けていたことが落選の大きな理由であったようです。松原炭住が全体的に遺っていればこんな悲劇はなかったでしょうし、じゃあとりあえず山野の方見せるとか、伊加利坑の草むらに眠ってる設備紹介するとか、日吉炭鉱見せるとかいろいろと工夫の余地はあったようにも思います。今更言っても仕方のないところなのですが、、、。
世界遺産はともかくとしても、日本の歴史から見て重要な施設であることには変わりありません。こうなったら早く重要文化財指定してしまった方がよいのではないかと個人的に思います。その方が、心理的な価値の目減りを防ぐことにもなるでしょうから。いや、ですから、遺産自体の価値は変わってないんですよ?
、、、しかし、、、せめて周囲の景観を炭鉱っぽく仕上げていたら、、、あるいは、、、と思うと、いや、これは繰り言になりますね。
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