『北九州の近代化遺産』&『福岡の近代化遺産』編纂事務局がお贈りする、出版散々回顧録・出版社非公認ブログです。とりあえず、今後の出版企画情報を逐次報告します。
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最も位置づけに困るところにある施設です。朝倉郡に所属しているので、いわゆる「筑豊」ではない、でも福岡都市圏と言うには、少々離れすぎている。行政区分などでは、概ね「福岡地域」に位置づけられているので、こちらで載せておきたいが、施設は炭鉱施設でどう考えても筑豊の範囲内。掲載見送りも考えていたのですが、まあ、載せられるときに載せておこうと言うことで今回掲載の運びとなりました。
宝珠山炭鉱は昨今ブームの伊藤伝右衛門が運営した炭鉱です。この施設はかつてその伊藤邸の敷地内にあったものを宝珠山まで移設、倶楽部建築として使用されていたとのこと。炭鉱には、技術交流や営業などの関係で来客が多く(炭鉱自体がひとつの町と言うべき連帯感を持っていたようですし)、そういった方々をもてなし、宿泊させるためにあった施設でした。現在では工場の周辺にビジネスホテルがあり、この倶楽部機能を補っていますが、どちらが人的交流に役立っているか、まあ、考えるまでもないでしょう。世の中が人に対して冷淡になっているのでしょうか。
宝珠山炭鉱は昨今ブームの伊藤伝右衛門が運営した炭鉱です。この施設はかつてその伊藤邸の敷地内にあったものを宝珠山まで移設、倶楽部建築として使用されていたとのこと。炭鉱には、技術交流や営業などの関係で来客が多く(炭鉱自体がひとつの町と言うべき連帯感を持っていたようですし)、そういった方々をもてなし、宿泊させるためにあった施設でした。現在では工場の周辺にビジネスホテルがあり、この倶楽部機能を補っていますが、どちらが人的交流に役立っているか、まあ、考えるまでもないでしょう。世の中が人に対して冷淡になっているのでしょうか。
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