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プロフィール
HN:
庵田
性別:
男性
職業:
無給NPO理事
趣味:
都市散策、調査研究、写真撮影、マンガ熟読
自己紹介:
高学歴ワーキングプア。生活の糧をどうすべきか毎日模索中。
共著でいくら本を増やしても、それは研究者としての実績にならないそうです。数年前から同じ事言ってますが、雇ってくれるところをただ探すのみです、はい。
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『北九州の近代化遺産』&『福岡の近代化遺産』編纂事務局がお贈りする、出版散々回顧録・出版社非公認ブログです。とりあえず、今後の出版企画情報を逐次報告します。
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10月10日の校正会議から一ヶ月で産業考古学会の全国大会を迎えました。
この前後の多忙状態は、既に紹介したとおりなのであえてぐだぐだ繰り返すつもりはないですが、赤煉瓦ネットワーク全国大会(門司)の開催、また当該出版企画、更に私自身の論文(博士課程なので)提出と数段仕事が重なってしまったため、心身共に疲弊する要素は完全に揃っていました。
体重が一時的に落ち込んだのも、このころです。いや、それはそれで歓迎すべき事なのですが、余り健康的に落とした体重ではないので、11月13日以降「使い物にならなくなった」状態が数日続いてしまったことは、何ともいいようがありません(労災降りませんか? だめですか、そうですか)。
このことがあり、私自身は「次からは事務やんないよ」と言い、事務局長は辞めたいと言っています。繰り返し言いますが、人材の履き潰しは良くないのです。だのに、色々と用事がかかってくるんですがね。将来の可能性がなさそうなところばかり、ね(イヤミがきつい)。
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『北九州の近代化遺産』と比較して出版に要する時間が短縮された原因のひとつに、会合の回数を減らしたことは既に話したと思います。
これは編集側が統一したカラーを作れる点で読みやすさが増す反面、執筆者の誤解が生じたり、情報が届かないと不満を述べられるという問題点を同時に抱える諸刃の剣でもあります。
短期間の勢いで準備を進めざるを得なかった(当初、産業考古学会全国大会に間に合わせようという思惑もあったため)ため、また前回申し上げた凄まじい原稿修正があったために校正会議では、不満点も出てきてしまいました。
「お前等には任せられん」とは言われなかったものの、ぶつぶつ言われたり、雑談が増えたり。若干雲行きは怪しそうです。だいたいそういうときに怒られるのは、編集代表ではなく、わ・た・しなのです。年下だから、言いやすそうだから。まあ、いくつか原因はあるのでしょうが、私の不満はどこで解決したらよいのでしょうか(誰にともなく呼びかけ)?
こういったところにも、学会全国大会終了後の発病要因が隠されていたのでしょう。とかく現代人はストレスにつきまとわれるものです(棒読み)。
原稿があらかた届くと、次は校正作業と相成ります。
これは『北九州の近代化遺産』でも当然あった話でありますが、前回は編集側の人間それぞれが部分修正したものを持ち寄る、という作業に終始し、全体的に原稿を変更したというものは数えるほどにしかありませんでした。
今回は『九州産業考古学会報』の校正形式を採り、編集代表から届いた校正原稿を見て私から再修正をかける手順を踏みました。
で、だいたい7月初旬には全ての原稿が届きそこから編集代表が原稿に手を入れて私に原稿が届いたのは、8月初めのことでした。
一目見て、愕然としたことを覚えています。
自分の原稿がずいぶん変わっているのです。文章が削られた、表現方法が変わったでなどであればまだ驚きは少なかったのですが、自分の関知しない部分がずいぶん加筆されていたのです。これは他の執筆者に至っても同様でした。
正直、頭を抱えました。執筆者から苦情が出ても仕方ないくらいの変更量です。
少しくらいの文章量(ex.会報)であれば、元原稿を読んで私があまりにも変更がひどい部分について復元する作業を採るのですが、今回は、他の用事に追われておりそんな暇がありません。ある程度の修正・復元作業を妥協しながらやるほか在りませんでした。
当然、校正会議は若干荒れ気味となるのですが、それは次回で紹介します。
7月から11月に至る、いわゆる「地獄の多忙モード」について話さなければならないようです。
まず本の校正作業について話したいと思うわけですが、その前に当時の私がどのような仕事を抱え、またそれらを平行して進めていることを話しておくとより悲惨さがます理解して貰えるかと思います。
まず、11月10~11日にかけて九州国際大学で行われました、産業考古学会全国大会(北九州)があります。
これにつきましては、論文審査やら、学会本部向け連絡やら、パンフレット作成配布やら、当日のパソコン整備やら、まあ色々とありました。もういろいろあり過ぎて何も言えないくらいです。疲れました。
次に自分の博士課程審査用の論文作成がありました。これにつきましては、半分完成、現在進行形(2008年1月現在)と言った状態です。こちらが社会人の方々にとっての「通常業務」に当たるかと思います。そう信じたいです。
他にも折尾駅保存関連の雑多要件がありましたが、まあ、一言で言い表すと全国大会誘致が何よりも大変でした。
実質的な部分を某学長と某事務局長を含めて三人で取り仕切っていたものですから、これはどうしようもない苦境でした。この部分について、裏話になってしまうのですが、次回紹介してみたいと思います。
前回、『北九州の近代化遺産』の編集会議を行った際、執筆期間及びその準備会合が一年間に及んだため、いわゆる中だるみ期間と言ったものが存在しました。だいたい2005年の9~10月あたりがそれに相当したのではないか、と思います。
今回、執筆期間が格段に短いため、そんな期間があると出版企画自体がご破算になってしまいます。正直防ぎたいところです。そこで執筆者が一堂に会する会合自体は最小限にし、執筆期間はとにかく資料集めと実際の作業に集中して貰いたいと思い、約2ヶ月間のインターバルを置きました(これでも短期間と言われれば答える言葉はないが)。
実際集まってみたところ、なんと10名近くの参加を迎えたわけです(実際の執筆者は14名であることを考えると、この出席率は異常に素晴らしい数値です!)。しかも、もう既に文章を仕上げている方もいるではないですか! 実に素晴らしい成果です。
ただ、、心配性な私としては、うまくいきそうなほど、どこかで躓きがあるのではないか、と勘ぐってしまいます。まあ、こういった心配は、概ね間違っていないので、後で慌てずに済む自分の中のセーフガードみたいに機能しているようです。このケースも、確かに後から大変なこととなってしまったのです、、。
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