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プロフィール
HN:
庵田
性別:
男性
職業:
無給NPO理事
趣味:
都市散策、調査研究、写真撮影、マンガ熟読
自己紹介:
高学歴ワーキングプア。生活の糧をどうすべきか毎日模索中。
共著でいくら本を増やしても、それは研究者としての実績にならないそうです。数年前から同じ事言ってますが、雇ってくれるところをただ探すのみです、はい。
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『北九州の近代化遺産』&『福岡の近代化遺産』編纂事務局がお贈りする、出版散々回顧録・出版社非公認ブログです。とりあえず、今後の出版企画情報を逐次報告します。
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地図の作成が結果として不十分なものに終わったという話に続くのですが、いわゆる建築街土的な地図を作成できなかったもう一つの原因というのが、今回の企画で紹介する遺産が市内各地に散在しすぎているという問題を抱えているからでした。
逆に遺産が集中している部分もあり(代表例は若松・門司・直方)、今回はバラバラの遺産群を大括りでとりまとめているため、都市部の遺産散策に際しては、不親切の観も否めない作品となっています。
これを解消するために、夏の終わり頃から急に言われたのが「モデルコースの作成」でした。
とりあえず、筑豊地域が3コース、北九州で5コース造れば何とかなるかな、と思って、最初のコース名は「飯塚」「田川」「直方」「折尾」「若松」「大里」「小倉」「戸畑」といったかなりぞんざいな形で作成しました。なにせ、筑後の企画もスタートしていたものですから、あまり仕上げの方に頭が回らない状況でもあったのです。最後の最後になってひどい状況になるのは、いつものオチ、でしょうかね。

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『北九州の近代化遺産』という書籍が出来たのは2006年の11月。今回の書籍刊行はそれより3年の歳月が経ったことになります。取り壊された建物も少なからずありますし、現状変更もありました。私も学位取得で大学を追い出され、ずいぶんロートルになりました(笑)。
それ以上の変化が、撮影機器の変化です。前回の書籍では、200万画素程度→334万画素のデジタルカメラを使用しており、当時としては、それなりの画質出はあったのですが、現在の視点から見るとちょっと考えてない、というか、これはカメラというよりも技術的な問題と言えるのですが、あまり写真環境を考慮していないものを掲載しており、これは冊数を重ねる毎に今後の問題となっていたところでした。
今回は、2007年に導入したデジタル一眼レフカメラで撮り直した写真をフル活用して表紙・表紙カバー裏をはじめとした各箇所のクオリティをそれなりに向上いたしました。
もっと写真を良くしろ、とか色々ご不満な点はあるでしょうが、、、まあ、それは私の収入次第となります。現状、どうにもなりませんね、、はは。

さて、私信で申し訳ございませんが、当ブログ管理人は出張のため、今日より4日ほど電話が通じません。宜しくご理解下されば幸いです。

新たに地図を起こそうとして失敗、、、ということを書きましたが、一応、数値地図2500(CD-ROM)等を利用して作成しようとはしたのです。実際出来たものに対する修正作業が次の問題で、
たとえば出版社としては「地形が分かった方がいい」として、二万五千分の一地図ベースでの作成を求められ、
しかし編集サイドとしては「ごちゃごちゃして道が分かりづらい」ので、もっと簡略化したものをと考えます。
これに筑豊の遺産位置を入力して、また修正作業、、、となると、時間がどんどん過ぎていきます。概ね、6~7月の作業の判断はこれに費やされたのではないでしょうか。
もっと時間があれば、地図の抜本的修正が必要が出来たかも知れない、しかし、やっぱり無理かも、、、何とも複雑です。
ポケット版の企画が最初に挙がった際、編集側で一番話題に挙がったのは、
「地図を何とかしたい」ということでした。
今までのシリーズ本では、国土地理院二万五千分の一、或いは五万分の一図を使用しています。
全般的な都市の情報を知る上でこの地図は、確かに便利なのですが、個別遺産のある場所へ確実に行きたいと思う場合、どこで曲がるべきかなど心許ない部分が数多くあります。だからこそ、数あるまちあるき関係の本では、街路や水路などに情報を特化した地図が用いられます。こういう場合、出版者側か執筆者が新たに地図を「起こす」必要があるのですが、今回、それをやろうと試みたわけです。
、、、まあ、結果として失敗した訳なのですが。一番の原因は、時間。次に私のつたない技術と出版社の技術とが双方ともにかみ合わなかったこと。さらに起こし元の地図を適切に選べなかったことも問題と言えます。
そもそも、私ひとりで何でもやらなければならない現状には、自ずと限界がある(筑豊のグルーブは筑豊地域の執筆のとりまとめは行っていただきましたが、このような部分にまで関わっていません。近代化遺産の概念に関する意見すりあわせも出来なかったですし、、、)わけで、最初から無理だったと言えなくもありません。
九州に数多くいる有能な院生・若手研究者がこのような作業に関わらない理由が、今ならよく分かります。学会レベルでは何の評価もされない(所詮郷土史、という扱いすら受けることも、、、)からです。それより論文書けと。これじゃあ人材不足は解消されませんね。

今ポケット版の〆切は、4月末日となりました。ゴールデンウィークの間に編集側で原稿をとりまとめ、弦書房に提出、といったことを目論んでいたわけです。
実際ゴールデンウィークで作業が出来たかと言えば、、、実は出来なかったのです。編集代表と私は世界遺産がらみでの作業に勤しみ、それにプラスして私は産業考古学会用の原稿準備、また『筑後』企画に向けた一次リスト作成準備(このぐらいから少しずつ準備しないと、リストは出来ないのです)に明け暮れ、5月も半ばになってようやく、弦書房に原稿を提出できるようになりました。
その段階で100件にしなければならないという問題が持ち上がります。とりあえず、原稿を繋ぎあわせてみたものの、そうなるとひとつの項目で文章のやたら長いものと短いものとが現れることになってしまいます。つまり、原稿を削らねばなりません。
筑豊側の原稿については、執筆者に原稿をいったん返却し、それぞれに削っていただきましたが、北九州側は編集の裁量に任されています。これの作業がまた大変で、、、まあ、そんなこんなで、6月を過ごすことになります。
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