『北九州の近代化遺産』&『福岡の近代化遺産』編纂事務局がお贈りする、出版散々回顧録・出版社非公認ブログです。とりあえず、今後の出版企画情報を逐次報告します。
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こちらは大正時代に出来た竪坑ですが、九州ではございません。北海道は三笠市にある幾春別炭鉱錦立坑櫓です。こちらの竪坑、そんなに大きなものではございません。高さは2階建ての建物くらいでしょうか。それに捲き上げ用の滑車があり、隣接する捲上機室にあるドラムでワイヤを捲き上げる仕組みです。
この竪坑櫓、真下に穴があるわけでなく、ちょうど捲上機室との中間位置に穴があり、三つある滑車のうちのひとつは地中に隠れている格好になっています。現在の炭鉱の竪坑櫓とは一線を画した、中小規模坑特有の造りではないかと推察いたします。
さて、こちらの竪坑櫓。この外郭を形作る鉄骨構造がそのまま煉瓦構造になった形が、粕屋炭鉱のそれではないかと考えます。隣接して捲上機室があったタイプですから、やっぱりあれは竪坑櫓と考えた方が良いかもしれません。煉瓦構造の一部が民家の敷地に食い込んでいるため、どうも現状の全容把握が難しく、これ以上の確証を得ることは難しそうです。町の文化財担当(やる気あるかな?)と共同研究するしかないような。
この竪坑櫓、真下に穴があるわけでなく、ちょうど捲上機室との中間位置に穴があり、三つある滑車のうちのひとつは地中に隠れている格好になっています。現在の炭鉱の竪坑櫓とは一線を画した、中小規模坑特有の造りではないかと推察いたします。
さて、こちらの竪坑櫓。この外郭を形作る鉄骨構造がそのまま煉瓦構造になった形が、粕屋炭鉱のそれではないかと考えます。隣接して捲上機室があったタイプですから、やっぱりあれは竪坑櫓と考えた方が良いかもしれません。煉瓦構造の一部が民家の敷地に食い込んでいるため、どうも現状の全容把握が難しく、これ以上の確証を得ることは難しそうです。町の文化財担当(やる気あるかな?)と共同研究するしかないような。
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