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HN:
庵田
性別:
男性
職業:
無給NPO理事
趣味:
都市散策、調査研究、写真撮影、マンガ熟読
自己紹介:
高学歴ワーキングプア。生活の糧をどうすべきか毎日模索中。
共著でいくら本を増やしても、それは研究者としての実績にならないそうです。数年前から同じ事言ってますが、雇ってくれるところをただ探すのみです、はい。
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『北九州の近代化遺産』&『福岡の近代化遺産』編纂事務局がお贈りする、出版散々回顧録・出版社非公認ブログです。とりあえず、今後の出版企画情報を逐次報告します。
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という表題ですが、私自身は仕事のできる人間と考えておりません。基本エリート街道から落ちこぼれましたし。
産業考古学会全国大会誘致に際し、北九州のメンバーを中心に準備をするというところは確定していましたか、細かいところが延び延びになってしまい、最後にバタバタしてしまったことが、まあ、結構きつかったのです。
前回と重複するのですが、主な仕事分担は下記の通りです。

実行委員長:会場設定、細かいペーパーの印刷、予算泥かぶり。
私:パンフレット作製、学会本部との折衝(対外アテンド)、原稿催促及び宣伝工作、プレツアー企画運営。
事務局長:その他全て

誰が一番大変か、言うまでもないでしょう。私ではなく事務局長です。福岡の近代化遺産事務局の例でもそういえるのですが、何となくの進行が決まっていてその中で細かい割り振りを設定していない場合、誰かに集中して仕事が回ってくることがよくあります。これはその最たる例でしょう。
かつて、大牟田市で全国大会を誘致した人の話ですが、「全国大会はそれに専念できる人が5人いれば大丈夫」というコメントを頂いたことがあります。それが3にんで、しかもそれぞれが別の大きな仕事を抱えながらのイベントでしたから、血反吐吐いても仕方なかったのではないかと思います。
ちなみに私は大会終了後関節炎でしばらく動けませんでした。若いからって何でも押しつけるべきではない、というひとつの動かぬ証拠でしょう。
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まずは報告から。本日より福岡の主要書店に『福岡の近代化遺産』が並べられるとのこと。もし本屋にお立ち寄りの際はご覧になって下さい。なかったら、、リクエストとかして貰うと私が喜びます(笑)。

「私の編集者のスタンスとして」という前提を付け加えた上で、今回私見を述べさせていただきます。
北九州・福岡と通じて私の考えの中には、「滅失したものについては採り上げない、往時の雰囲気が分からない埋蔵文化財化したものについては掲載を見送る、碑文のみのものなぞもってのほか」という考え方がありました。それは、『北九州の近代化遺産』内では(文体の統一はないにせよ)統一してまとめることが出来ましたが、福岡ではそうも参りませんでした。
たとえば、炭鉱遺跡群として採り上げている部分について、ホッパーや捲上機台座、事務所などの構築物、少し譲ってもせめて基礎構造物レベルが遺っていれば、掲載対象としてもよいかな、と思うのですが、今回全く許し難い「本当に何も遺っていない」執筆内容があり、これには嘆いてしまいました。
また、大日本麦酒=アサヒビールのように取材はしてみたものの、肝心のものが全く取り毀されてしまい(煉瓦工場施設のことです)、それでもご足労頂いた分は何とかして掲載しなければならない、なんて事例もありました。個人的には、あまり面白いことではありません。
考えてみれば、『北九州の近代化遺産』では仮想ライバル(『北九州市の建築』とか、『建築MAP北九州』)と言ったものが厳然として存在していたのですが、今『福岡の近代化遺産』では、その部分の張り合いに欠けているところがあったのかもしれません(作っているときは、そんな意識ありませんでしたが)。
原稿〆切の6月20日、実に全体の半分以上に及ぶ多くの原稿が集まってきました。これは私にとって正直予想外のことでした。なにせ、『北九州の近代化遺産』は〆切を設けていたものの、皆様結構なあなあでごまかしてしまって〆切から刊行まで10ヶ月かかった経験もあったものですから、、、。
さらに『北九州』というお手本があったからか、ずいぶんと個々の文章もレベルが高くなっています。これは、実に素晴らしいことです。
が、それでも「怪しい原稿」は存在します。『北九州』でも、当初原稿を絶対に見せられないものがいくつかありましたが、その悲劇は、福岡でも現実のものとなりました。
さらに、頼まれていない遺産についてもなぜか原稿が届いてしまうと言う怪奇現象が登場。これは、正直参ってしまいます。そういった原稿には、「採否はお任せいたします」と書いていますが、こちらとしては「ああそうですか」と切り捨ててしまうわけにもいきません(いくつか切り捨てましたが、案の定苦情のメールが、、なら、勝手に書くな!)。編集側二名で、どうにかなりませんか、この文章は訂正してください、そのスタンスで文章書かないでください、とか色々言うには言ったのですが、まあ、それだけで疲れますよね。
代表は当初原稿書かないとか言ってございました(それでは、あまりにも何なので、通史は書いて貰うことにしました)が、わ・た・しは追加取材原稿がいくつか増え(今回はほぼ自ら志願してやったことにはなっているものの、、、)、そんなうざったい執筆者との調整はやりたくなかったのです。出版社との調整、原稿校正、写真追加etc。それでも私に何もかも襲いかかってきます。
大学に戻ると准教授から「論文は?」と催促される始末、、、さすがに胃が痛くなる日々です。
そしてこの果てしない異常事態は、11月まで続いてしまうことをそのときの私は、、、ある程度は予想しながらも、そうならなければ良いなと祈っていた状態でした、、、この祈りは天には通じなかったようです。
私は執筆者の一人として、また『北九州の近代化遺産』以来の企画発起人の一人として、やってはならないことは「どこかの本やサイトの情報を少しかじった程度で分かったつもりで文章を書かないこと」ではないかと思います。
そういった意識で書く文章には、複数の典拠が必要であることは言うまでもありません。九大の場合、、、『福岡県近代化遺産総合調査報告書』と『福岡県文化百選・建物編』に記載があるものの、それだけでは、誰かの文章の焼き直しになってしまいます。それでは、私の文章になりません。
さて、典拠をどこに求め、自分の文章を仕上げていくべきか。先の見えない3ヶ月の苦闘の中、まず打開点が見えたのは、『「平成17年度九州大学箱崎キャンパス内歴史的資源の現況調査」成果報告書』の存在でした。現在の九大建物群に関する記述、とりわけWebで紹介されているものの多くは『福岡県近代化遺産総合調査報告書』を参考にしており、私もこれのみに頼ってしまうと読む人にとっては何の代わり映えもない文章が展開されてしまうわけです。正直、これは防ぎたかったので、キャンパス移転に伴うこの報告書の存在は大変助かりました。キャンパス研究室のS教授、本当にありがとうございます。献本しますので。
これと大学の七十五年史、学部ごとの年史、さらにエピソード典拠として『九大風雪記』という原著に出会ったことで、なんとかものにすることが出来ました。本当に、疲れました。

 

今回、大枠の執筆者及び若干の編集事務(困笑)が同じにもかかわらず、名義が変わっています。
ま、確かに「北九州地域史研究会」では、首都圏の方々ならともかく、地元の人間は納得しがたいところはあるでしょうが、それでも「九州産業考古学会」という名義には、なじみのない方も多いかと思います。この団体について簡潔ながら紹介いたしたいと思います。
産業革命以降、日本にも近代化の波が押し寄せてきました。西洋と東洋との文化のギャップ、先進産業需要の過程、それらは文献上でも研究が進んでいます。これを文献以外の資料、つまり過去に構築され実際に残っている遺産、たとえば近代建築、土木、産業機械群などが当てはまりますが、これらを通じて近代、日本の産業はどのように発展進化を遂げていったのかを九州を対象に研究を行っている団体が、九州産業考古学会です。
「産業考古学」、とりわけ考古学という名称からくるイメージで、埋蔵文化財のみを調査する学問のように思われる方も多いかと思いますが、実際は埋蔵文化財のみならず、現在稼働中の工場や使用され続けている機械・土木・建築の研究を多く行っています。
今回福岡の近代化遺産を対象に出版企画を行ったのには、福岡の遺産を紹介するためだけでなく、産業考古学という学問をより深く普及させたい、という編集側の思いが強く表れています。実際本がお手元に届いた際には、このような作者の思いも組みながら読んでいただけると幸いです。
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